【新ナニワ金融道 青木雄二物語】ナニワ金融道の生みの親は、誰よりも経済学者だった

爆発的にヒットした『ナニワ金融道』は、45歳の青木雄二という人物のデビュー作だった。

世間から見れば、非常に変わり者だった青木は、病的なまでに神経質である。

仕事中は、少しの物音があっても集中ができないほどで、考えが煮詰まったときは髪の毛を掻きむしり、時には髪に火をつけるという奇行に走るのだった。

しかし、そのストイックな青木の性格が『ナニワ金融道』を大ヒットへと導いたのだ。

そんな、変わり者で神経質な人物だが、決して接しにくいような人物ではなく、純粋で人懐っこい人物であり、少年のような心を持っているというのは青木の奥様の証言である。

実際、青木は大阪の路上生活者へ差し入れすることもしばしばで、そんな優しい心の持ち主なのだ。もっとも青木からすれば、大阪のリアルを漫画として描くための取材にもなっていたかもしれないが…。

 

なぜ、青木が『ナニワ金融道』のような漫画を描けたかというと、もともと大阪の格差社会を目の当たりにしており、社会に対しての問題意識が高かったからだろう。

格差社会に対する問題意識を抱えたまま経済に関する本を読み漁り、経済学者のカール・マルクスに傾倒し、資本主義の矛盾を訴えるようになったのだ。

マルクスは資本主義経済の仕組みを分析したドイツの経済学者であり、高度な資本主義経済がやがて共産主義を生み出すと説いた人物である。

つまり、国家は資本主義である程度の成長を遂げた後、そこで生まれた格差などの問題を解消すべく、必然的に共産主義を生み出すという思想である。

 

青木は、このマルクス主義や「唯物論」という考え方と出会ってから人生が大きく変わったと語っている。

「唯物論」は観念や精神などの心の根底には物質があるという考え方であり、精神を根底とする宗教などとは全く逆の考え方となる世界観である。

平たく言うと、神はいないという考え方であり、神はいないと考えることによって物事が非常にわかりやすくシンプルに捉えやすくなるのだ。

青木は『ナニワ金融道』を完結させた後、講演会や書籍の執筆を精力的に行っているのだが、この唯物論やマルクス思想を強く推奨している。

『ナニワ金融道』ヒットの根底には青木の強い思想、そして信念があったのだろう。

 

一見してあまり絵が上手くないようにも感じる青木の画風は、大阪の街金のリアルを追求したこだわりの画法であり、スクリーントーンは一切使わず、細部にまでペン入れまでこだわっていた。実際、アシスタントは大変苦労しているようだが…。

この『青木雄二物語』は、本人が亡くなった後、周囲の人の話をもとに作られているのだが、青木は『ナニワ金融道』を連載して病死するまで、本当に苦労の多い人生だったことが伺える。

肉体労働や、会社経営、そして漫画家デビューしてから詐欺師に遭うなど、青木の人生が『ナニワ金融道』そのもののような気がしてならない。

まさに『ナニワ金融道』は青木の人生の集大成なのだ。

 

『ナニワ金融道』は青木が逝去した後も、青木雄二プロダクションが続編として下記のようにシリーズ展開している。

新ナニワ金融道

新ナニワ金融道外伝

新ナニワ金融道外伝ファイナル

新ナニワ金融道外伝 青木雄二物語(本作)

新ナニワ金融道R

ザ・ナニワ金融道

 

ナニワ金融道シリーズは、現在も大ヒット連載中であり、青木の意志はここに受け継がれている。

また、青木やマルクスの言うとおり、資本主義社会は便利で豊かな社会を実現させた一方で、格差による貧困層を生み出したがゆえ、それを救うべく共産主義の考え方が求められつつあるのかもしれない。

実際、世間では徐々に『ベーシックインカム(basic income)』という言葉が広まってきている。

ベーシックインカムとは、政府が全ての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている現金を定期的に支給するという政策である。

つまり最低限の現金は支給され、もっと現金が必要な人は必要額に応じて働けばよいという考え方である。

まだ、世界でベーシックインカムの実現は早いかもしれないが、われわれは青木が傾倒したマルクス思想の道を確実に歩んでいるのではないだろうか。

青木が夢見た、貧困層のない社会が早く実現してほしいものだ。

 

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